AIは医師を置き換えるのか——性能・信頼・エビデンスの3層で見る現在地
「AIは医師を置き換えるのか」。この問いは、ここ数年で何度も投げかけられてきました。 講演でも記事でも、答えはたいてい二択で示されます。「置き換わる」か「置き換わらない」か。そして多くの場合、根拠は印象で語られます。AIが医師国家試験で高得点を取った、という話が出てくる。逆に、医療は人間の仕事だから代替できない、という話も出てくる。 筆者はどちらの答えも、問いの立て方が雑だと感じています。 この記事では、印象ではなく数字でこの問いに向き合います。使うのは2026年に出た3本の論文です。それぞれが違う層の限界を測っています。 層 問い 用いる論文 エビデンスの層 そもそも、どれだけ検証されているのか Nature Medicine 2026(システマティックレビュー) 性能の層 実際、どこまで当たるのか Radiology 2026(マンモグラフィAI) 信頼の層 患者は、AIの判定を受け入れるのか npj Digital Medicine 2026(ランダム化実験) 先に結論を書きます。「置き換えられるか」は、まだ問える段階にありません。 問うべきなのは「医師のどの業務を、どの程度安全に支援できるのか」のほうです。 第1層:エビデンス——4,609件の研究のうち、前向きRCTは19件 2026年3月、Nature Medicineに大規模なシステマティックレビューが載りました。臨床医学における大規模言語モデル(LLM)の研究を、網羅的に集めて質を評価したものです。 対象期間は2022年1月1日から2025年9月6日。PubMed 5,633件、Embase 8,666件、Scopus 9,315件を検索し、重複を除いた12,894件をスクリーニングして、4,609件の臨床LLM研究を抽出しています。 4,609件を約3年8か月で割ると、1日あたり3.2本。ChatGPTの公開以降、この分野の論文が爆発的に増えたことが数字で示されています。 問題は、その中身です。 項目 件数 抽出された臨床LLM研究 4,609件 うち実患者データを使ったもの 1,048件 うち前向きランダム化比較試験 19件 シミュレーション課題 1,857件 試験形式の課題 1,704件 4,609件のうち、実際の患者データを使ったものは1,048件。そのうち前向きランダム化比較試験は、わずか19件です。 残りの大半は、仮想症例に答えさせたもの(1,857件)か、医師国家試験のような問題を解かせたもの(1,704件)でした。さらに、サンプルサイズが30未満の研究が、全体の少なくとも25%を占めています。 新しい薬が世に出るまでに、どれだけの前向き試験が必要かを考えれば、19件という数字の意味は分かりやすいと思います。論文の数は多い。しかし、診療を変える根拠となる水準の研究は、まだほとんどありません。 人間と直接比べた1,046件——勝ったのは33.0% このレビューがもうひとつ示しているのが、人間との直接比較の結果です。 比較が可能だった1,046件(全体の22.7%)のうち、 LLMが人間を上回った:33.0% 人間がLLMを上回った:64.5% つまり、3回に1回しか勝っていません。 さらに重要なのは、どんな相手と、どんな課題で比べたかによって結果が変わるという点です。著者らは、比較相手が指導医(attending physicians)の場合はLLMが上回る頻度が下がり、研修医(residents)が相手の場合は約30%多く上回る傾向がある、と報告しています。課題についても、試験形式や知識の検索といった人工的な課題ではLLMが比較的強く、実際の患者データを使った現実に近い課題では優位性が下がります。 「AIが医師国家試験で高得点を取った」という話は事実です。しかしそれは、LLMがいちばん得意な土俵での成績でした。1,046件の集計は、その土俵から離れるほど成績が落ちることを示しています。 なお、このレビュー自体にも限界があります。自動解析はタイトルと抄録に対して行われており、本文まで読み込んでいません。著者ら自身が、臨床的に重要な機微を取りこぼす可能性を認めています。AIを使ってAIの研究を評価した論文である以上、この自己言及的な限界は押さえておくべきだと思います。 第2層:性能——10年前から「予感」できる。ただしAUCは0.63-0.67 次は画像です。乳がん検診のマンモグラフィAIについて、2026年6月のRadiologyに興味深い論文が出ました。 スウェーデン4地域の検診データベースを使った後ろ向き研究です。2008年1月から2019年4月までのデータで、31,394人・88,963件の検査を解析しています。うち12,072人(38.5%)が乳がんと診断されました。検診時の年齢中央値は57.6歳でした。 この研究の面白いところは、リスク予測専用のAIではなく、「いまの画像にがんらしさがあるか」を見る通常の市販AI-CAD 3製品を使い、同じ人の過去の検診画像を時間軸でさかのぼって追った点です。 結果はこうです。特異度を90%に設定したとき、AIが拾い得たがんの割合。 診断の何年前か AI-1 AI-2 AI-3 10年前 12.7% 13.8% 17.0% 6年前 19.0% 19.6% 19.7% 4年前 24.2% 23.3% 25.2% 診断の10年前の時点で、すでに1割強のがんでAIスコアが上がっていた。 3製品とも同じ傾向でしたから、特定の製品に固有の現象ではありません。 ...