📌 ピン留め 【2026年8月改定】高額療養費制度はこう変わる——がん患者・家族が知っておくこと

「がん治療費の心強い味方」である高額療養費制度が、2026年8月診療分から見直されました(第1段階)。 2026年8月2日更新:改定が施行されたため、記事全体を施行後の内容に更新しました。年間上限の金額も確定分に差し替えています。 結論:今回(第1段階)の引き上げ幅は区分により約4〜7%、金額にして月+1,500〜17,700円です。ただし同時に年間上限が新設されたため、長期治療の方はむしろ負担が下がる場合があります。報道で見る「最大38%」は2027年8月までの2段階を通じた数字で、今回の引き上げ幅ではありません。 「いくら増えるのか」「自分は影響を受けるのか」「何か対策はあるのか」——この記事では、がん患者・家族の視点から、2026年8月の改定を分かりやすく解説します。 制度の基本については先に がん治療の医療費——高額療養費制度を知っておく をご覧ください。 1. なぜ改定されたのか 背景 医療費の増大(高齢化・高額薬剤の登場) 健康保険財政の持続可能性確保 「応能負担」の強化(収入に応じた負担を) 改定の規模 報道でよく見る「4〜38%引き上げ」という数字は、2027年8月までの2段階を通じた最大値です。 2026年8月の第1段階だけを見れば、引き上げ幅は各区分(後述の金額から計算すると約4〜7%)にとどまります。高所得層ほど引き上げ幅が大きい設計で、38%に達するのは2027年8月の細分化後に最上位区分となる層です。 参考情報源:厚生労働省保険局「高額療養費制度の見直しについて」(令和7年12月25日 第209回社会保障審議会医療保険部会):https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001621844.pdf 2. 改定の全体像——2段階で進む 時期 内容 状況 2026年8月 第1段階:69歳以下の自己負担上限を引き上げ(5区分のまま)+年間上限の新設 施行済み 2027年8月 第2段階:所得区分を5区分→13区分に細分化 予定 → 2027年8月までに 計2回の改定が行われます。1回目はすでに始まっています。 3. 第1段階(2026年8月)の具体的な変更 69歳以下の方の月額自己負担限度額の引き上げ: 区分 年収目安 改定前(〜2026年7月) 改定後(2026年8月〜) 引き上げ額 ア 約1,160万円以上 252,600円 + α 270,300円 + α +17,700円 イ 約770〜1,160万円 167,400円 + α 179,100円 + α +11,700円 ウ 約370〜770万円 80,100円 + α 85,800円 + α +5,700円 エ 〜約370万円 57,600円 61,500円 +3,900円 オ 住民税非課税 35,400円 36,900円 +1,500円 ※「+ α」は医療費が基準額を超えた分の1%を加算。改定後の基準額は区分ア 901,000円・区分イ 597,000円・区分ウ 286,000円。 ...

May 20, 2026 · 2 min

【お金・生活】学生時代の年金、追納すべきか——「いま決めること」と「まだ決めなくていいこと」

前の記事お金の勉強は、いつ始めるのが一番効くのかで、学生時代の国民年金について「申請は今すぐ。納付は後から」と書きました。 そこで止めてしまったので、続きを書きます。 では、その「後から」の納付——追納は、したほうが得なのでしょうか。 この問いは、インターネットで調べても答えが割れます。生成AIに聞いても、聞くAIによって結論が逆になることがあります。理由ははっきりしていて、AIは「あなたのその期間が未納なのか、承認を受けた免除なのか」を確認しないまま、一般論で答えてしまうからです。この2つは、制度上まったく別物です。 この記事では、判断に必要な前提を順番に開けていきます。数字はすべて日本年金機構と国税庁の公表資料から取りました。 そしてもうひとつ、先にお伝えしておきたいことがあります。年金の手続きには、いま決めるしかないことと、まだ決めなくていいことが混ざっています。この記事は、その2つを分けるために書いています。 大前提:「未納」は、そもそも追納できません 最初に、いちばん多い誤解です。 追納制度の対象になるのは、申請して承認を受けた期間だけです。日本年金機構は対象を「全額免除、4分の3免除、半額免除、4分の1免除、納付猶予、学生納付特例の期間」と明記しています。 申請せずに払わなかった期間=「未納」は、この中に入っていません。 何年か経ってから「まとめて払って年金を増やそう」と思っても、制度が用意されていないのです。 学生納付特例をさかのぼって申請できるのは「申請時点から2年1カ月前までの期間」まで。それを過ぎると、未納として確定します。 前の記事で「申請は今すぐ」と書いたのは、この期限のことでした。 申請しただけで、すでに手に入っているもの ここが、前の記事で書き足りなかった部分です。「追納の権利が残る」だけではありません。 申請して承認を受けた時点で、すでに2つの保障が働いています。 ① 万一のときの障害年金・遺族年金。 日本年金機構は、学生納付特例の承認期間について「保険料納付済期間と同様に当該要件の対象期間になります」と書いています。つまり、在学中に事故や病気で障害が残った場合、あるいは亡くなった場合、保険料を払っていた人と同じ扱いで受給要件が判定されます。 これは未納だと得られません。申請したかどうかで、万一のときの保障が変わるのです。 ② 老齢基礎年金をもらうための資格期間。 年金を受け取るには、原則10年以上の資格期間が必要です。承認期間は「この10年以上という老齢基礎年金の受給資格期間に含まれます」。 そして、ここからが追納の話につながります。 「ただし、老齢基礎年金の額の計算の対象となる期間には含まれません。」 受給資格には入るけれど、金額には反映されない。 これが、申請だけでは埋まらない唯一の穴です。 逆に言えば、追納で増えるのは老齢基礎年金の「額」だけです。障害年金や遺族年金の保障は、追納しなくてもすでに効いています。「万一に備えて追納を」という勧め方は、この点で正確ではありません。 追納すると、いくら増えるのか 日本年金機構は、こう書いています。 「1年間分追納すると、全額免除の期間であれば老後の年金が年間で約1万円、納付猶予や学生納付特例の期間であれば年間で約2万円増えます。」 同じ1年分でも、倍違います。 理由は、全額免除の期間には国庫負担分がすでに入っているからです。もともと半分は年金額に反映されているので、追納で埋まる残りも半分。一方、学生納付特例と納付猶予はゼロからの積み上げなので、丸ごと増えます。 自分の期間がどちらなのかで、判断は変わります。 数字の出どころも確かめておきます。令和8年度の老齢基礎年金の満額は月70,608円(年847,300円)。これを480か月(40年)で割ると、1か月あたり年1,765円。12か月分なら年21,180円です。年金機構の言う「約2万円」と一致します。 なお、老齢基礎年金の満額は生年月日で2種類あります。上の額は昭和31年4月2日以後生まれの方のもの。昭和31年4月1日以前生まれの方は月70,408円(年844,896円)で、わずかに低くなります。この記事では前者で計算しています。 元が取れるまで、何年か 追納にかかる金額は、いま支払う保険料の額ではありません。 「免除・納付猶予の承認を受けた期間の翌年度から起算して、3年度目以降に保険料を追納する場合には、当時の保険料額に経過期間に応じた加算額が上乗せされます」 つまり当時の保険料額が基準で、放っておくと加算額が乗ります。近年の保険料の推移はこうです。 年度 月額 令和5年度 16,520円 令和6年度 16,980円 令和7年度 17,510円 令和8年度 17,920円 令和8年度の水準で1年分を概算すると、17,920円×12か月=約215,000円。これで年金が年約21,180円増えるので、 215,000円 ÷ 21,180円 = 約10.2年 65歳から受け取り始めるなら、75歳ごろに元が取れる計算です。そこから先は、生きている限り上乗せが続きます。 この性質が大事です。**追納は「投資」というより「長生きへの保険」**です。早く亡くなれば払い損になり、長生きするほど得をする。だから「利回りが何%か」で考えるより、「長生きしたときに困らないための備え」として見るほうが実態に近いと思います。 節税を入れると、話が変わります 追納した保険料は、全額が社会保険料控除の対象になります。その年の所得から丸ごと引けるので、税率の高い人ほど実質負担が下がります。 さきほどの約215,000円を、限界税率別に置き換えてみます。 限界税率(所得税+住民税) 実質的な負担 元が取れるまで 15%(所得税5%) 約182,800円 約8.7年 20%(所得税10%) 約172,000円 約8.2年 33%(所得税23%) 約144,100円 約6.8年 43%(所得税33%) 約122,600円 約5.8年 (復興特別所得税は計算に入れていません) ...

September 17, 2026 · 2 min

【お金・生活】お金の勉強は、いつ始めるのが一番効くのか——住宅ローンを組んでから気づいたこと

医師向けの媒体で、こんな質問を見かけました。 「いくら貯めたら家を買えますか」 若い医師からの質問で、回答も複数ついていました。読んでいて感じたのは、質問した人への違和感ではありません。答えのほうが、そろって同じ方向を向いていたことのほうでした。年収の何倍まで借りられるか、フルローンで自己資金を残すべきか、住宅ローン減税を何年使うか——技術の話ばかりで、「そもそもどういう暮らしをしたいのか」から始まる回答は少数派でした。 医師は、お金の教育を受ける機会がほとんどないまま高収入になります。そのことを、あらためて突きつけられたように思いました。 そして自分自身を振り返って、ひとつ思い当たることがありました。筆者も、住宅ローンを組んだときには何も知らなかったのです。 この記事では、「お金の勉強はいつ始めるのが一番効くのか」を考えます。結論を先に書くと、筆者の答えは**「知識の種は早く渡し、本格的な実行は余裕ができてから」**です。 「早く始めるほど得」は、たしかに正しい まず、こちらは動かしようのない事実です。 資産形成の効果は、運用に使える時間の長さに大きく左右されます。同じ金額・同じ利回りなら、20代から始めた人と40代から始めた人では、複利の効く期間が20年違う。これは努力や才能で埋められる差ではありません。 だから「若いうちから始めよう」という助言は正しい。ただし、それは続いた場合の話です。 それでも、早ければいいとは限らない 筆者が引っかかっているのは、ここです。お金の勉強を始める時期を、大きく3つに分けてみます。 始める時期 強み つまずきやすい点 働く前(学生時代) 複利の効く時間が最も長い 必要性を実感できず、途中でやめてしまう 働き始めと同時 収入が発生し、実践できる 職場で覚えることが多すぎて、時間が取れない 働いて少し余裕ができた頃 必要性が切実で、動かせるお金もある 複利の効く時間を何年か失っている 学生時代に投資の本を読んでも、動かせるお金がありません。知識だけが先にあって使う場面がないと、たいていは忘れます。 働き始めた直後も、実は厳しい。医師で言えば研修医の時期です。覚えることが多すぎて、家計簿の付け方まで手が回りません。しかもこの時期がいちばん営業を受けやすい。不動産投資、節税を謳う保険、医師向けのローン——研修医になった瞬間から声がかかります。知識がないまま、収入だけが立ち上がる。もっとも危ない組み合わせです。 では、働いて少し余裕ができた頃はどうか。必要性が切実で、かつ動かせる資源がある。 モチベーションと実行可能性が、この時期に同時に立ちます。 筆者自身がその例です。夫婦のNISAの設計、iDeCoを増額するかどうかの試算、保険の整理、そして50代以降の働き方の設計。この1〜2年で一気に進みました。20代の自分に同じ本を渡しても、たぶん読まなかったと思います。 ただし、遅い開始には確実なコストがあります。 それが次の話です。 筆者の場合:住宅ローンを組んだとき、知らなかったこと 筆者の住宅ローンは、こういう条件です。 項目 内容 金利タイプ 全期間固定 1.450% 特約 3大疾病団信(+0.15%) 返済額の対収入比 約8% 完済予定 2037年3月 住宅ローン控除 受けていない 10年固定で1.0%という選択肢もありましたが、採りませんでした。住宅ローン控除を受けていないのは、新築時のローンを途中で引き継いだためです。 正直に書きます。ローンを組む前にお金の勉強をしていたら、いまのローンは組んでいません。 団信も付けず、掛け捨ての生命保険で代用していたはずです。3大疾病団信の+0.15%は、返済期間を通して払い続ける保険料と同じですから、同等の保障を掛け捨てで買えるなら、そちらのほうが安く済んだ可能性があります。 これは後悔として書いているのではありません。知らない時期に決めたことは、あとから直せないものがある——その実例として書いています。 それでも、いまのローンは組み替えません ここが大事なところです。 団信を外すには借り換えが必要です。そして借り換えれば、全期間固定1.450%という条件を手放すことになります。金利が上がっている局面で、この条件を捨てて再調達するのは合理的ではありません。 つまり、過去の判断としては最適でなかったけれど、これからの判断としては現状維持が正解、という状態です。 お金の見直しをしていると、こういう場面によく出会います。「あのとき知っていれば」と「いま変えるべきか」は、まったく別の問いです。前者の答えが「変えていた」でも、後者の答えが「変えない」になることは珍しくありません。 「ローンを軽くした」ことだけは、結果的に効いている 知らずに決めたことばかりだったのですが、ひとつだけ、いま効いている判断があります。 借入額を抑えたことです。返済額は収入の8%程度に収まっています。 これがどう効くか。働き方を変える自由度として効きます。 50代半ばで勤務を減らし、収入が下がる——そういう選択を検討できるのは、固定費が軽いからです。毎月の返済が収入の2割、3割を占めていたら、同じことは考えられません。収入を下げられないので、体力が落ちても同じ働き方を続けるしかない。 医師向けの住宅購入の議論では、「年収の5〜6倍までは借りられる」という目安がよく出てきます。しかしこれは金融機関が貸せる額であって、無理なく返せる額ではありません。しかも医師の収入は、勤務先の変更や役割の変化で動きます。「ローン期間中ずっと同じ報酬を得られる前提」で組むと、その前提が崩れたときに逃げ場がなくなります。 住宅ローンは、住宅の問題であると同時に、その後20年、30年の働き方の自由度を決める契約でもあります。そう考える人がいてもいいはずですが、筆者が読んだ議論の中に、この視点はほとんどありませんでした。 学校で金融教育が始まった——ただし「早く教える」と「身につく」は別 最近、こういう課題があることを知りました。高校の夏休みの宿題で、バーチャルの資金500万円を使って株を売買するというものです。 金融教育が学校に入ったこと自体は、前進だと思います。筆者の世代は、誰からも何も教わりませんでした。 ただ、筆者の持論からすると、高校生の段階で「腹落ち」まで狙うのは難しいと思っています。必要性を実感しないまま与えられた知識は、定着しにくい。 課題を出す側は「短期売買の難しさを体感して、だから長期・積立・分散なのだと分かってくれたら成功」と考えているのでしょう。それは正しい設計です。ただし、うまくいかない場合があります。 勝ってしまったときが、いちばん危ない 数週間の売買で、たまたま利益が出ることは普通にあります。そのとき生徒が持ち帰るのは、「短期売買は難しい」ではなく**「短期売買は儲かる」**です。しかもそれを、学校のお墨付きで持ち帰ることになります。 ...

September 16, 2026 · 1 min

10月から酒税が変わる——で、うちはいくら増えるのか計算してみた

2026年10月1日から、酒税が変わります。「発泡酒が値上げ」「増税」という見出しを見て、少し身構えた方もいるかもしれません。 そこで、わが家では実際に年間いくら増えるのかを計算してみました。 結論を先に書きます。年間およそ500円でした。 月にすると40円ほどです。正直、拍子抜けしました。 この記事では、何がいくら変わるのかを国税庁の資料で確認したうえで、飲む頻度ごとに年間いくら変わるかの早見表を作りました。ご自身の行を探してみてください。 そして最後に、この改正で本当に効いてくるのは金額ではないという話をします。 1. 何が、いくら変わるのか まず事実から。1本あたりの酒税額です(左が9月30日まで、右が10月1日から)。 区分 350ml缶 差 500ml缶 差 ビール 63.35円 → 54.25円 ▲9.10円 90.50円 → 77.50円 ▲13.00円 発泡酒(麦芽比率25%以上50%未満) 54.25円 → 54.25円 変わらず 77.50円 → 77.50円 変わらず 発泡酒(麦芽比率25%未満) 46.99円 → 54.25円 +7.26円 67.12円 → 77.50円 +10.38円 いわゆる「新ジャンル」 46.99円 → 54.25円 +7.26円 67.12円 → 77.50円 +10.38円 チューハイなど(その他の発泡性酒類) 28.00円 → 35.00円 +7.00円 40.00円 → 50.00円 +10.00円 ここで気づいてほしいことがあります。 ビールは、下がります。 2020年10月から段階的に進んできたビール系飲料の税率の一本化が、今回で最終段階を迎えます。高いほうを下げ、安いほうを上げて、同じにするという改正です。だから「増税」と一言でまとめると、半分しか言っていないことになります。 2. 「発泡酒は全部上がる」は、正確ではありません 細かい話ですが、ニュースではあまり触れられない点です。 発泡酒は、麦芽の比率によって3段階に分かれています。 麦芽比率 現行の税額(350ml) 10月以降 50%以上 63.35円 54.25円(下がる) 25%以上50%未満 54.25円 54.25円(変わらない) 25%未満 46.99円 54.25円(上がる) つまり**「発泡酒」と一括りにすると間違い**で、中身によって上がるものも下がるものも、変わらないものもあります。 ...

September 15, 2026 · 1 min

親のお金のSOSは、「助けて」の形では届かない——父からの一通のメール

二十年近く前、まだ学生だった頃の話です。卒業旅行や部活の遠征などで、毎月の仕送りとは別に、両親にまとまった額を工面してもらったことがありました。 その数年後、父から連絡が来ました。要約すると、「あのとき渡したお金を返してほしい」という内容でした。 正直に書きます。そのとき私が思ったのは、**「父がお金に困っているわけがないだろうに」**でした。 今になって振り返ると、その少し前に父は退職しています。そして不動産のローンを抱えていました。あのメールは、おそらく請求ではなく、家計への不安が形を変えて出てきたものだったのだと思います。 父は今年、亡くなりました。もう本人に確かめることはできません。 この記事は、その後悔から書いています。ただし「親孝行をしましょう」という話ではありません。親からのお金のサインは、見逃しやすい——そのことと、元気なうちに確認しておける具体的なことを整理します。 親のSOSは、「相談」の形をしていない もし父が「退職後の生活費が足りない。ローンの返済が重い。相談に乗ってほしい」と書いてきていたら、当時の私でも何かはできたかもしれません。 でも、実際に届いた言葉は「あのお金を返してほしい」でした。 これは私の父だけの話ではないと思います。お金の不安は、親から子へストレートには伝わりません。 次のような形に変わって出てきます。 昔の貸し借りを持ち出す 「保険を見直そうと思う」と唐突に言い出す 家の修繕や車の買い替えを、やたらと先延ばしにする 「お前たちに迷惑はかけないから」と、聞いてもいないのに宣言する 親の世代には、子にお金の話をすることへの強い抵抗があります。「親としての面子」もあれば、「心配をかけたくない」という気持ちもあります。だから、遠回りな形でしか出てきません。 問題は、受け取る側にお金の知識がないと、それがサインだと分からないことです。わがままにも、不機嫌にも見えてしまう。私はそうでした。 退職直後の家計に、何が起きているのか では、退職した親の家計では実際に何が起きているのか。まずは全体像から見ます。 総務省の家計調査(2025年平均)によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の1か月の収支はこうなっています。 項目 金額(月額) 実収入 254,395円 可処分所得(手取り) 221,544円 消費支出 263,979円 差額(不足分) 約42,000円 平均消費性向は119.2%。つまり手取り100に対して119を使っている状態が、平均的な姿です。年間にすると約51万円の不足になります。 ひとり暮らしの高齢世帯でも構図は同じで、可処分所得118,465円に対し消費支出148,445円、月およそ3万円の不足です。 ここで大事なのは、「平均でも足りていない」という点です。これは特別に浪費している家庭の話ではありません。貯蓄を取り崩しながら暮らすのが、退職後の標準的な状態なのです。 収入は階段状に落ちるのに、支出はゆっくりしか落ちない 退職すると、給与収入はある月を境にゼロになります。一方、年金の受給開始は原則65歳です(日本年金機構)。60歳や62歳で退職した場合、年金が始まるまでの数年間、収入の空白が生まれます。 対して支出はどうか。食費や光熱費はすぐには変わりません。保険料も、通信費も、自動では下がりません。収入は崖のように落ち、支出はなだらかにしか落ちない——この時間差が、退職直後がいちばん不安になる理由です。 繰上げ受給を選べば早く受け取れますが、その分は減額されます。逆に繰下げれば増額されますが(最大84%)、増えるのは額面であって手取りとは限りません。この話は別記事で詳しく書きました。 → 年金は「繰下げれば得」とは限らない——増額の裏で増える税金と保険料 そして、ローンだけが減らない 家計調査の数字には表れないものがあります。借入の返済です。 住宅ローンにせよ、投資用不動産のローンにせよ、返済計画は現役時代の収入を前提に組まれています。ところが返済そのものは、退職しても1円も軽くなりません。 収入は減る 返済額は変わらない 完済はまだ何年も先 この3つが重なった瞬間に、家計は一気に苦しくなります。私の父の場合も、おそらくこの構図でした。 不動産を持っている場合はもう一段複雑です。売れば返済は終わりますが、売却額がローン残債を下回れば、差額は手元から出すことになります。「売って終わりにする」という出口が、必ずしも使えるとは限らないのです。 親が現役の頃に組んだ借入は、子から見えません。残債がいくらで、完済が何歳になるのか——これを知らないままだと、親の不安の正体は最後まで分かりません。 知らなければ、翻訳もできない ここまで書いたことは、今の私には分かります。しかし当時の私には、ひとつも分かりませんでした。 年金を何歳からもらうように決めたのかも、退職後の家計が平均で赤字だということも、ローンが老後にどう効いてくるのかも、知りませんでした。だから、父の言葉を翻訳できなかったのです。 親のサインを受け取れるかどうかは、親の伝え方の問題ではなく、子の側の知識の問題だった。私はそう考えています。 お金の勉強というと、自分の資産を増やすためのものだと思われがちです。でも実際には、家族の言葉を理解するための語学のような側面があります。 親が元気なうちに、確認しておける3つのこと では具体的に何を聞けばいいのか。私が「あのとき知っていればよかった」と思う3点を挙げます。 その前に——「いくら持っているか」は聞かない 先に、やらないほうがいいことから書きます。貯蓄額や資産額を、最初に尋ねないでください。 親にとっていちばん答えにくい質問であり、しかも聞けなくても困りません。ここから挙げる3つが分かれば、家計が回るかどうかの見当はつきます。 順序を間違えて警戒されると、その後の会話がすべて閉じてしまいます。一度「詮索された」と受け取られると、次に何を聞いても身構えられる。取り返しがつきにくいのはこちらのほうです。 そのうえで、答えやすいものから順に聞いていきます。 ① 年金が「いつから」「いくら」始まるか いちばん答えやすく、いちばん重要です。しかも親自身の手元に、答えが書かれた紙があります。 ねんきん定期便は毎年、誕生月に届きます。ここで知っておきたいのは、記載内容が年齢で変わることです。 対象 記載される内容 50歳未満 これまでの加入実績に応じた年金額 50歳以上 老齢年金の種類と見込額 つまり50歳以上の親のねんきん定期便には、将来の見込額が書いてあるということです。「いくらもらえるか分からない」と親が言う場合、多くは金額が不明なのではなく、書類を見ていないだけです。 ...

August 31, 2026 · 1 min

暴落が「いつ」来るかで結果が変わる——教育費で考える順序リスク

「積立は順調です。あとは使うときが来るのを待つだけ」 そう思っている方に、ひとつだけ知っておいてほしいことがあります。同じ平均リターンでも、良い年と悪い年が来る「順番」によって、手元に残る金額は変わります。 これを順序リスク(シークエンスリスク)といいます。以前株式と債券を比べた記事で名前だけ触れましたが、今回は数字で詳しく見ていきます。 題材は、多くの家庭にとって最初にやってくる大きな取り崩し——子どもの教育費です。 ※特定の銘柄・商品の売買を勧めるものではありません。投資にはリスクがあり、元本は保証されません。最終的な判断はご自身で。 同じ値動きなのに、150万円の差がつく 子ども1人分の教育費として1,000万円を用意し、大学4年間で毎年250万円ずつ使っていくとします。 2年間の値動きは「▲30%」と「+30%」。順番だけが違う2つのケースを比べます。 ケースA:先に暴落が来た 計算 年末の残高 1年目 1,000万 × 0.7 = 700万 → 250万使う 450万 2年目 450万 × 1.3 = 585万 → 250万使う 335万 ケースB:あとで暴落が来た 計算 年末の残高 1年目 1,000万 × 1.3 = 1,300万 → 250万使う 1,050万 2年目 1,050万 × 0.7 = 735万 → 250万使う 485万 値動きはまったく同じ。使った金額も同じ。それなのに、残高は150万円違います。 1,000万円の教育資金に対して150万円ですから、割合にすると15%。金額で言えば、大学の学費が1年半ぶん消える規模です。 なぜ差が生まれるのか 答えはシンプルで、取り崩しているからです。 取り崩しをしなければ、順番は結果に一切影響しません。実際に計算してみると、 1,000万 × 0.7 × 1.3 = 910万 1,000万 × 1.3 × 0.7 = 910万 どちらも同じです。掛け算は順番を入れ替えても答えが変わらないからです。 ...

August 6, 2026 · 2 min

就業不能保険は本当に不要か——保障は減らさず、期間を半分に削った話

筆者はこの数年、民間保険をかなり減らしてきました。終身医療保険、貯蓄型の保険——「何かあったときのため」で入っていたものを、公的保険と貯蓄で足りるかを1つずつ確かめながら整理してきた、という経緯です(詳しくは保険を大幅に見直した話)。 それでも残した保険はいくつかあります。掛け捨ての死亡保障、火災・地震保険、自動車保険の対人対物——そしてがん保険と、この記事のテーマである**就業不能保険(所得補償保険)**です。 このうちがん保険については、「不要」という考え方に筆者自身も同意しています。それでも続けているのは家族の事情による個人的な判断で、合理性だけで説明できるものではありません(その話は別の記事に書きました)。 一方、就業不能保険のほうは理屈で残した保険です。そして今回、保障額はそのままに、支払われる期間だけを大幅に短くするという手続きを取りました。 この記事は、その判断の過程を整理したものです。特定の商品をすすめる話ではありません。「公的保険で足りない部分はどこか」「そこは貯蓄で賄えないのか」を順番に確かめる考え方を共有したいと思います。 1. なぜ「就業不能保険は不要」と言われるのか 理由はシンプルで、会社員・公務員には公的な給付があるからです。 病気やケガで働けなくなったとき、健康保険から傷病手当金が出ます。おおまかに言うと、標準報酬月額の3分の2が、通算1年6か月にわたって支給されます。しかもこれは非課税です。 さらに医療費のほうは高額療養費制度があり、自己負担には毎月の上限がかかります。つまり「病気になったら医療費で破産する」という状況は、日本ではまず起こりません。 この2つがある以上、多くの会社員にとって就業不能保険は優先度が低い——これはその通りだと思います。 ただし例外があります。自営業・フリーランスには傷病手当金がありません。国民健康保険にはこの制度がないためです。この場合は話がまったく変わります。 2. 公的保険には「時間の崖」がある 問題は、傷病手当金が1年6か月で終わることです。働けない状態がそれで治るとは限りません。むしろ、本当に困るのはその後です。 傷病手当金が切れたあと、収入の柱になるのは障害年金になります。しかしここには、見落とされがちな落とし穴があります。筆者はこの部分こそ貯蓄では受け止めきれないと判断し、保険でカバーすることにしました。 3. 最大の誤解:「働けない」と「障害年金が出る」は別の話 障害年金の等級は、1級・2級は「日常生活にどれくらい支障があるか」で判定されます。3級(厚生年金のみ)は「労働が著しい制限を受ける状態」とされていますが、これは一般的な労働能力を指すもので、その人が特定の職業を続けられるかどうかを見るものではありません。 これが何を意味するか。たとえば—— 手指に後遺症が残り、細かい手技ができなくなった 中等度の後遺症が残り、長時間の集中や当直に耐えられなくなった 精神疾患で、責任の重い判断業務に戻れなくなった こうした状態は、特定の職業を続けることは不可能でも、日常生活は送れるというケースがあります。この場合、障害年金は3級にとどまるか、等級に該当しないという結果になりえます。 つまり、**「専門職としての収入はほぼゼロなのに、公的給付は限定的」**という区間が生まれる可能性があるということです。 就業不能保険の固有の価値は、まさにここにあります。この種の商品の多くは、支払いの条件が**「その人が直前に従事していた業務に就けるかどうか」**という職業ベースで定義されており、障害年金とは別のものさしだからです。公的制度の隙間を埋められる、数少ない手段——それが筆者がこの保険を残した理由です。 4. ここで初めて「貯蓄で賄えるか」を計算する ただし、隙間があるという事実だけでは、保険に入る理由になりません。その隙間を貯蓄で埋められるなら、保険は不要だからです。これは保険を考えるときの一番大事な関門だと思っています。 計算はシンプルです。 (毎月の生活費 − 公的給付の見込み額)× 必要な年数 < 今ある金融資産 か? この式が成り立つなら、保険はいりません。成り立たないなら、その差額が保険で埋めるべき金額です。 筆者の場合、この計算をして分かったのは次のことでした。 生活費を大幅に圧縮したとしても、公的給付だけでは毎月かなりの取り崩しが必要になる その取り崩しペースだと、金融資産は数年で底をつく 一方、子どもの教育費が終わるのはまだ10年ほど先 つまり、「貯蓄で賄える」と言えるだけの資産がまだ完成していない——これが結論でした。**子どもが独立し、資産が十分に育てば、この保険は不要になります。**ですから今のこれは、その日までの橋渡しという位置づけです。 なお、この計算をするには「毎月いくら使っているか」が分かっている必要があります。家計簿と資産の一覧がないと、この関門は通れません。ライフプランの記事で書いたことと、ここでつながります。 5. 見直しのきっかけ:保険料は黙って上がる 必要な保障額が決まったところで、ここからが今回の見直しのきっかけです。 ある年の更新で、保険料が1.5倍になっていました。値上げの通知は来ていません。おかしいと思って料率表を確認したところ、原因が分かりました。 この種の保険は、5年ごとの年齢区分で保険料が決まっているのです。区分をまたぐと、自動的に次の単価に上がります。値上げではないので、通知されないわけです。 しかも上がり方が加速します。筆者の契約の料率表を確認すると、5年ごとにおよそ1.5〜1.7倍というペースでした。掛け算なので、放っておくと10年後、15年後の負担は相当なものになります。 これは契約時にまったく想定していませんでした。 加入時の保険料だけを見て「安いな」と判断していたわけです。 教訓:年齢区分制の保険に入るときは、加入時の保険料ではなく、料率表の全区分を見ること。20年後にいくら払うことになるのかを、最初に確認しておくべきでした。 6. 「払える額」からではなく「必要な額」から考える 保険料が上がったとき、最初に頭に浮かんだのは保障額を半分に減らすことでした。月々の給付額を半分にすれば、保険料もそのまま半分になります。 しかしこれは、「払える額から逆算する」という筋の悪い考え方でした。 **保険料が上がっても、働けなくなったときに必要な金額は1円も変わりません。**必要額は前の章で計算したとおり、生活費と公的給付の差で決まるものだからです。保険料が理由で保障額を半分にすれば、いざというときに生活が回らなくなる——それでは何のために払っているのか分かりません。 **保険もローンも、「いくらなら払えるか」ではなく「いくら必要か」から計算する。**お金の勉強で繰り返し言われることですが、実際に保険料が上がった場面では、あやうく逆をやるところでした。 そこで発想を変えました。必要な金額(保障額)は動かさず、「いつまで必要か」のほうを見直すという方法です。 この種の保険には「てん補期間」という設定があり、働けなくなったときに何年間支払うかを選べます。筆者の契約は「70歳まで」という最長の設定になっていました。これを10年間に変更したところ、保険料は約3割下がりました。 なぜこれが合理的かというと—— 保障額を削る = 毎月の不足額への備えを薄くする → 生活が成り立たなくなる 期間を削る = 長期化した場合への備えを薄くする → 「子どもが独立し、資産が完成した後は不要」という明確な根拠がある 同じ「保険料を下げる」でも、削っている対象がまったく違うわけです。後者には「いつまで必要か」という答えがあり、前者にはありません。 ...

July 29, 2026 · 1 min

【お金・生活】決まっていないことで不安にならないために——ニュースの語尾を見る習慣

「高齢者の医療費、3割負担へ」——こんな見出しを見かけたとき、多くの方が「そうか、3割になるのか」と受け取ると思います。 けれど、そのニュースのもとになった政府の文書を実際に開いてみると、書かれているのは**「見直しを行う」「そのための工程表を2026年末までに策定する」**という一文だけだったりします。割合も、開始時期も、対象者も、まだ何も決まっていないのです。 制度の話は、決まるずっと前から見出しになります。だから私たちに必要なのは、制度そのものを詳しく知ることよりも、「これは決まった話か、これから決める話か」を見分ける習慣のほうだと思っています。 この記事では、 実際の政府文書と見出しを見比べるとどう違うか 語尾で「決定度」を見分ける方法 語尾以外に確認したい3つのこと 医療のニュースでも同じことが起きるという話 を、家計を守る視点から整理します。 ※この記事は制度の是非を論じるものではありません。**どんな立場の方にも共通して役に立つ「読み方」**の話です。 1. 見出しと原文を並べてみる 2026年7月21日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2026」(いわゆる骨太の方針)を例にします。高齢者の医療費窓口負担について書かれているのは、次のような内容です。 70歳以上の高齢者の医療費窓口負担割合について、低所得者等の必要な受診が確保されるよう適切に配慮することを前提として、原則3割となっている現役世代との間で年齢によらない真に公平な応能負担を実現する観点から見直しを行う。そのための改革工程表を2026年末までに策定する。 (出典:経済財政運営と改革の基本方針2026) この一文が記事になると、見出しはたとえばこんな形になります。 「高齢者の医療費、3割負担へ」 「70歳以上も3割負担 政府方針」 「医療費の負担増へ 骨太方針を閣議決定」 「年齢による優遇、見直しへ」 ※これらは実際に配信された特定の記事の見出しではなく、「こういう形になりやすい」という例として筆者が作ったものです。 どれも間違ったことは書いていません。それでも、原文と並べると受ける印象はかなり違います。 見出しから受ける印象 原文に実際に書かれていること 負担割合 3割になる 何割にするとは書かれていない 対象者 70歳以上の全員 低所得者等への配慮が前提条件として明記 時期 もうすぐ 2026年末までに「工程表」を作る段階 決定度 決定 これから制度設計をするという表明 短い見出しに収めようとすると、**まっさきに落ちるのが「前提条件」と「時期」**です。そして落ちた部分こそが、「それは自分に関係のある話か」を判断するために必要な情報だったりします。 2. 語尾を見る——これがいちばん速い 長い文章を読まなくても、文末だけを見れば決定度はかなり判別できます。行政の文書は、決定度によって語尾を意識的に使い分けているからです。 語尾・言い回し 決定度 読み方 「〜する」「〜から施行する」「公布された」 決定 日付と数字がセットで出てくる 「〜について結論を得る」 ほぼ確実 中身は未定だがやること自体は決定 「工程表を策定する」「見直しを行う」 未定 決まったのは段取りだけ 「〜を検討する」「〜の方向で調整」 未定 立ち消えになることもある 「〜へ」(見出しの体言止め) 不明 本文で語尾を確認する合図 とくに紛らわしいのが「〜へ」という見出しです。「3割負担へ」は、「3割負担になる」とも「3割負担を検討する」とも読めてしまいます。この体言止めを見たら、本文の語尾を確かめる——それだけで、受け取り方はかなり変わります。 3. 語尾のほかに、確認したい3つのこと ① 「いつから」が書いてあるか 開始時期が書かれていないニュースは、明日の話ではありません。制度が本当に変わるときは、必ず具体的な年月が示されます。逆に「2026年8月から」「2027年4月から」と書いてあれば、それは準備が必要な話です。 ...

July 23, 2026 · 1 min

「上がったから売る」は正解か——売り時を決めるのは株価ではなく「目的」

「NISAの含み益がかなり出ている。下がる前に、いったん売っておいた方がいいですか?」 株価が上がった局面で、必ず出てくる質問です。以前の記事で「投資は目的が決まって初めて手段が決まる」という買う側の話を書きましたが、今回はその続編——**売る側(利確)**の話です。 結論から言うと、この質問には株価をいくら眺めても答えが出ません。**売り時を決めるのは、株価ではなく「そのお金の目的」**だからです。 ※特定の銘柄・商品の売買を勧めるものではありません。投資にはリスクがあり、元本は保証されません。最終的な判断はご自身で。 「結構進んだので、降りた方がいいですか?」 お金の学びの場で、こんな例え話を見かけました。 電車に2時間乗って、結構進みました。そろそろ降りた方がいいでしょうか? ——と聞かれたら、誰でもこう聞き返すはずです。「どこに行く予定だったんですか?」 目的地が分からなければ、降りるべきかどうかは誰にも答えられません。投資もまったく同じです。投資は手段であって、電車やバスと同じ「乗り物」です。「結構増えたから売る」は、「結構進んだから降りる」と言っているのと同じで、目的地の確認が抜けています。 「下がる前に売っておきたい」という気持ちの正体は、多くの場合、そのお金が何のためのお金か決まっていない不安です。 医師として、この構図には見覚えがあります 「腫瘍が小さくなってきたので、治療をやめていいですか?」 外来でこう聞かれたら、私たちは治療のゴールを確認します。根治を目指す治療なのか、症状を抑えてQOLを保つ治療なのか——ゴールが違えば、「腫瘍が小さくなったからやめる/続ける」の答えは正反対になります。 途中経過の数字(腫瘍の大きさ・株価)だけでは、やめどきは決められない。ゴールが決めてくれる。——医療も投資も、この構図は同じです。 目的別に整理すると、答えはシンプルになる そのお金の目的 置き場所の考え方 数年以内に使う予定がある(学費・住宅・車など) 通貨(現金・預金)で持つ——支払いの直前に暴落が来ても困らないように 長期的に資産を育てる・維持する 株式(インデックス等)のまま持ち続ける——短期の上下に付き合わない 目的の金額にもう到達した 早めに利確して現金化するのは十分アリ 3行目が今日の主役です。たとえば「子どもの大学資金として500万円」が目標で、高校2年生の時点でもう500万円に到達したなら——残り2年の間に暴落が来るリスクを避けて利確するのは、まったく合理的な判断です。これは「上がったから売る」のではなく、「目的を達成したから降りる」。同じ売却でも、意味がまるで違います。 逆に、老後のための長期資産なら、含み益がいくらあっても目的地はまだ先です。途中下車して、また乗り直すタイミングを探す必要はありません。 「利回りがいいから売る」は、終わりのないゲームの入口 もうひとつ、注意したい売り方があります。「ずいぶん利回りが良かったから、いったん確定させよう」——一見堅実に聞こえますが、売って得た現金は、結局また次の投資先を探すことになります。 つまり「良いタイミングで売って、良いタイミングで買い直す」を繰り返す発想で、これは短期トレーダーの考え方です。プロでも勝ち続けるのが難しい世界に、気づかないうちに足を踏み入れることになります。長期の資産形成でインデックスを積み立ててきた人が、この入口をくぐる必要はありません。 筆者の場合——売り時は「先に」決めてある 筆者はライフプランを作る中で、お金を目的別に分けています。 数年以内に使うお金(教育費など):投資とは分離して、収入と預貯金から 長期のお金:インデックスで積み立てたまま、日々の株価は見ない 取り崩し:将来の生活費として「いつから・何のために」使うかを先に決めてある こうして売り時を「先に」決めておくと、株価が上がっても下がっても、やることが変わりません。「下がる前に売るべき?」という問いが、そもそも発生しなくなるのです。これは意思の強さの問題ではなく、設計の問題でした。 まとめ 「上がったから売る?」への答えは株価にはない。**「何のためのお金か」**が決める 数年以内に使うお金は通貨で、長期のお金は株式のまま——置き場所は目的で決まる 目的の金額に到達したなら、早めの利確は堅実な選択(「達成したから降りる」) 「利回りがいいから売る」は短期トレーダーの入口。長期投資家は付き合わなくていい 売り時は相場を見て探すものではなく、ライフプランの中で先に決めておくもの 腫瘍の大きさだけで治療方針が決められないように、株価だけで売り時は決められません。先にゴールを決める——買うときも、売るときも、順番はいつも同じです。 関連記事 目的が違えば、手段も違う——インデックス投資と高配当株の使い分け ライフプランは「人生の設計図×お金」——医師が実際に4ステップで作ってみた話 最期まで治療を続けることが、幸せとは限らない——「引き算の医療」という考え方 筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。 お金の勉強はリベラルアーツ大学(リベ大)を参考にしています。

July 13, 2026 · 1 min

NISAだけでいい?iDeCoも併用?——分かれ道は「税率」と「出口」

NISAが拡充されて、「もうiDeCoは要らないのでは?」という声をよく聞くようになりました。一方で、「高所得者ほどiDeCoを使わないと損」という正反対の意見もあります。 どちらが正しいのでしょうか。答えは「人による」——なのですが、それで終わっては役に立ちません。この記事では、どこで答えが分かれるのか、その分かれ道を整理します。結論を先に言うと、分かれ道は2つ。**あなたの「税率」と「出口(退職金)」**です。 なお、筆者自身が「12月の限度額引き上げで増額すべきか」を悩んだ経緯は別記事に書きました。今回はその続編として、読者のみなさんが自分で判断するための軸をまとめます。 ※制度の内容は2026年7月時点のものです。税制・年金制度は変わることがあります。個別の判断は最新の公式情報をご確認ください。 まず構造を比べる——2つの制度は「非課税のかかる場所」が違う NISA iDeCo 入口(拠出時) 優遇なし 掛金が全額所得控除(税率分が戻る) 運用中 非課税 非課税 出口(受取時) 非課税 課税(ただし退職所得控除等が使える) 引き出し いつでも可 原則60歳まで不可 NISAは「出口が完全に非課税で、いつでも使える」制度。iDeCoは「入口で税金が戻る代わりに、60歳まで拘束され、出口は控除しだい」の制度です。 つまりiDeCoの損得は、**入口でどれだけ戻るか(=税率)**と、**出口でどれだけ非課税にできるか(=退職所得控除の空き)**で決まります。これが2つの分かれ道です。 分かれ道①:税率——入口で戻る金額が人によって全く違う iDeCoの掛金は全額所得控除なので、戻ってくる税金はその人の税率に比例します。 課税所得の目安 所得税+住民税の税率 月2.3万円(年27.6万円)拠出で戻る額 約200万円 約20% 年約5.5万円 約500万円 約30% 年約8.3万円 約900万円超 約43% 年約11.9万円 約1,800万円超 約50% 年約13.8万円 同じ掛金でも、戻る額には2倍以上の差があります。税率50%の人にとっては、「27.6万円拠出すると13.8万円戻る=実質手出し約14万円で27.6万円を非課税運用に回せる」計算になり、これは入口優遇のないNISAにはない効率です。 逆に税率が低い人は入口メリットが小さいので、「60歳まで引き出せない」という拘束のデメリットの方が相対的に重くなります。税率が低いうちはNISA優先、が素直な順番です。 分かれ道②:出口——退職所得控除は「空いているか」 iDeCoを一時金で受け取るときは退職所得控除が使えます。たとえば勤続38年なら約2,060万円まで税金がかからない大きな枠です。 ポイントは、この枠を勤務先の退職金と分け合うことです。 退職金がない・少ない人:控除枠が丸ごと空いている → iDeCoの出口はほぼ非課税にできる=iDeCoが最も輝く属性 退職金がしっかりある人:控除枠は退職金でかなり埋まる → iDeCoの受取に税金がかかりやすい。さらに2026年1月施行の**「10年ルール」**(iDeCo一時金と退職金の間隔が10年未満だと控除が調整される)で、受け取り時期をずらして両方の控除を使う戦略も難しくなりました 自分の勤務先に退職金制度があるか・いくらくらいか——iDeCoを増やす前に確認すべきは、実はここです。 2つの軸で整理すると、自分の位置が見える 出口が空いている(退職金なし・少) 出口が埋まっている(退職金あり) 税率が高い iDeCo併用の効率が最大。NISAと並行して活用を検討 入口は有利だが出口で課税。受け取り方の設計が必要 税率が低い 入口メリット小。まずNISAから NISA優先でシンプルに。iDeCoは無理に使わなくてよい そして、この表の手前に置くべき条件が2つあります。 数年以内に使うお金は、そもそもどちらにも入れない(売り時の記事で書いたとおり、近い支払いは通貨で持つ) 60歳まで触れなくて本当に困らないか——教育費・住宅などの大きな支出が控えている時期は、同じ非課税でも「いつでも出せるNISA」の価値が上がります よくある誤解——iDeCoは「節税」ではなく「課税の繰り延べ」 「iDeCoは節税になる」という表現には注意が必要です。正確には、入口の控除は確実ですが、出口は課税(控除しだい)——つまり課税を将来に繰り延べる制度です。 入口で戻った税金だけを見て満額に飛びつくと、出口で思わぬ税負担に驚くことになります。逆に、「60歳まで引き出せないから」と一律に避けるのも、税率と出口の条件がそろった人にとってはもったいない。どちらの極論も、自分の2軸を確認していない点で同じです。 筆者自身、この2軸に自分の数字を当てはめ直して、一度出した結論を変えました(その経緯はこちら)。制度の優劣ではなく、自分の税率と出口がどうか——結局はそこに戻ってきます。 まとめ NISAとiDeCoは優劣ではなく非課税のかかる場所が違う(NISA=出口・流動性、iDeCo=入口) 分かれ道①税率:高いほどiDeCoの入口メリット大。低いうちはNISA優先 分かれ道②出口:退職所得控除が空いている人(退職金なし・少)ほどiDeCoが活きる。退職金がある人は10年ルールに注意 手前の条件:近い将来使うお金はどちらにも入れない・60歳までの拘束に耐えられるか 「iDeCo不要論」も「iDeCo満額論」も、自分の2軸を見るまでは判断できない 関連記事 iDeCo、12月から限度額アップ——「上限まで上げるべき?」を医師の立場で考える 「上がったから売る」は正解か——売り時を決めるのは株価ではなく「目的」 目的が違えば、手段も違う——インデックス投資と高配当株の使い分け 参考 資産形成の基本(長期・積立・分散)|金融庁 NISA特設ウェブサイト 楽天証券「【2026年12月制度改正】iDeCoの加入可能年齢・拠出限度額が引き上げ」 auのiDeCo「退職所得が増税に?令和7年度税制改正により5年ルールが10年ルールに」 筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。 お金の勉強はリベラルアーツ大学(リベ大)を参考にしています。 ...

July 13, 2026 · 1 min